金山の文学碑

  • 2020.04.19
  • その他

佐渡金銀山の歴史が綴られた作品は多く残されております。その中の一つ『海鳴』を執筆された津村節子様はかつて吾妻にご宿泊頂きました。津村様の旦那様吉村昭様のファンでもありましたのでお話をさせていただき、吉村様は残念ながらお亡くなりになった後でしたので、津村さんからは「主人がいればね、本へのサインもできましたのにね」と優しく微笑み頂きました。そんなことを思いだしながら佐渡金山の桜を見に行ってきました。金山が発見されてから人々の金を求める執念が山を裂き、今道遊の割戸として静かにものを語らず我々にその姿をさらけ出しております。佐渡を訪れるお客様はこう言います「私が思っていた印象と随分来てみたら違います。」日本海に浮かぶ流人の島としてのイメージが強く、ずしりと重いものを感じて来られる方が多いのかもしれません。その方曰く「会う方皆さん大変個性的で面白い方ばかり、心地よい明るさを感じます」佐渡の歴史は確かに暗く悲しい部分が潜んでいます。ですがその歴史をも孕みつつ我ら佐渡人は芸能文化(能、鬼太鼓、おけさ踊り)を培いこの地に生きてきたのです。神事が多くその神事と結びつく芸能が多く祭りが多く美味しいお酒が多くお米がおいしく自給自足を行える島として脈々と続いてきた佐渡人気質、沢山の事を呑込み共存していく佐渡ヶ島。佐渡には多くの表情があります。さまざまな違った表情を見つけにまた是非皆様お越しくださいませ。

『華々しい繁栄を見せた金山の余光をとどめる相川を歩いていると過去と現在を往き来しているような不思議な気分に襲われる。望郷の念に駆られながら若い命を相川に埋めた無宿たちのかすかな声が、石や華の陰から聞こえてくるような気がする。』     津村節子